2024年3月10日 星期日

復健日誌-快不是快

有時候快不是快,俗話說揠苗助長,就是這個意思,這真實發生在我身上。

前一陣子,我的腳受傷了,復健也停了一陣子,就是因為求復健快,所以超出了負荷還繼續做,受傷了反而還停了幾次復健,這個就是快不是快最好的例子,有時候求快,反而更慢了,我能體會要趕快好的心情,因為我也是病人啊,但是有時候求快,副作用發生了反而更慢,也是快不起來,生活中也是,很快做好有時候是很快犯錯,所以並不是求快就一定會比較快。

前一陣子有討論,一直走就會好了這個話題,討論中有提到,一直走也有可能一直用錯誤的姿勢,反而會學到錯誤的,因為大量錯誤的姿勢也可能會學起來。所以學習正確的姿勢比快來的重要,所以説有時候表面上的快不一定是快,有可能是代償,也有可能是錯誤的姿勢。話說回來,有時候也是需要快的,例如過馬路的時候,這個時候就不強求一定要正確的姿勢,端看那個時候需要什麼。但是這邊強調一點,表面上看起來快不一定是真的快,下次不用一昧的要求快,姿勢對了,久而久之就會變快了。


不要一味的講求快喔,記住,快有時候不是真的快。

日文版

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ChatGPT:

時折、速さが良いとは限らないことがあります。俗語には「苗を引っこ抜くと成長が妨げられる」とあり、これが私の身に実際に起こりました。

先日、足を怪我してしまい、リハビリもしばらく中断しました。急いで快復したくて負荷をかけすぎてしまい、逆に怪我が悪化し、何度かリハビリを休むことになりました。これが「速さが良いとは限らない」の最も良い例です。時には急ぐ気持ちも理解できます。私も病気なので、しかし、時には急ぐことで逆に遅れが生じることもあります。生活でも同様で、急いで終わらせることが速いとは限りません。時には急いでミスを犯すこともあるため、速さを求めることが必ずしも良いとは言えません。

最近、一直に進めば良くなるという話題があり、議論の中で「ただ歩いていれば良くなる」という意見もありました。しかし、一直に進んでも正確な姿勢を守らないと、逆に誤った姿勢を身につけてしまう可能性があります。ですから、正しい姿勢を学ぶことが速さよりも重要です。だからこそ、時には表面上の速さが実際には代償であることもあります。時には急がなければならない状況もありますが、例えば道路を渡る際は必ずしも正確な姿勢を求めなくても良く、その瞬間に必要なことを見極めることが大切です。しかし、ここで強調したいのは、表面上の速さが必ずしも本当の速さでないことです。次回からはただ一方的に速さを求めず、姿勢を整えることで、長期的には速さが身につくことを覚えておいてください。

一方的に速さを追求しないでください。覚えておいてください、速さは時には本当の速さではありません。

自分で:

ある時速さは早いわけじやないです。俗語には「苗を引っこ抜くと成長が妨げられる」とあり、これが私の身に実際に起こりました。

先日足が怪我しました。リハビリも停止しました。速さを追求して早く治ます。でも予想の以外,私は長い時間休養は需要です。それは一の速さは速さじやない例です。私はできる限り早く治るの気持ちが理解できます,私も病気の人間です。でも速さを追求するだけて,もし副作用を起したら,もと予想以外のことも起します,その時は速さか早いではありません。

先日ずっと歩くものを檢討します。檢討中ある考えことを話しました,それはもしずっと歩きましたら,違う方法も用いでいたかもしれません。ある時は正しい姿勢を學ぶのはもっと重要です。速さを表す原因は違う姿勢を用うかもしれません。でもある時は速さを需要です。例えば道を通すことです。需要なら,一時の違う姿勢はできます。姿勢か正しいなら,長い時間を通したら,自然に速さをあります。

一方に速さを追求しないでくたさい,速さほんとんの速さわけじないです。