2026年1月17日 星期六

復健日誌-生活復健與數據復健

 

復健日誌-生活復健與數據復健

前一陣子有討論生活復健的相關事宜,並不是說生活復健就是王道,而是跟數據復健各有各的用途,要把生活復健跟數據復健分清楚才好。

2025年10月18日 星期六

復健日誌-抓尺度

復健的人常常會不知道什麼時候要嘗試比較難的事,可以照這個方法試試看

2025年9月20日 星期六

2025年5月30日 星期五

2025年2月22日 星期六

2024年12月7日 星期六

復健日誌-代償

 

在社團裡有一篇講代償的文章,前提不同,結果也會不同,寫一篇談談我的看法。


文章中有不同的代償分類,把好的跟不好的都納進來,純粹就行為面來探討,而傳統的代償只有指不好的稱之為代償,例如用輔具,文章中也稱之為代償,但是傳統的看法是要有依賴性才稱之為代償,所以會有不一樣的看法就不足為奇了。代償就是使用不一樣的方式來完成,如果覺得輕鬆,一但有了依賴性,就危險了,沒有對錯,端看目的是什麼,例如要去很遠的地方,不用輔具而堅持用正確的走法去走,有時候不一定會達成目標,又例如想要練胸確練到手,也是代償的結果之一。所以文章中也有提到,代償也有好壞之分,像我如果要快速行動就會用輔具,不一定會堅持一定要怎麼樣。


接下來就談一個常見的代償,中風的人最常發生的一個是走路,老師教的大都是用核心跟髖關節走路,但那是要花時間練習的,也比較難體會,比較快而淺顯易懂的是用腳的力量來走路,要堅持用髖來走路是不容易的,所以很多人小腿都練得很粗壯,久而久之就變成用腳走路,端看你要什麼目的,因為代償也是能達成目標的,就像超慢跑號稱可以跑半小時以上,但我只要跑五百公尺,這時候還要不要堅持超慢跑,是要考慮的。代償因爲比較輕鬆,常被拿來當成選項,前提就是不要影響一般訓練。


了解代償的成因,就比較知道要不要選擇代償了。

日文版

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ChatGPT

サークル内で代償について書かれた記事を目にしました。前提が異なれば、結果も異なるという内容でした。それを受けて、私の考えを述べたいと思います。

記事の中では、代償をさまざまな分類に分け、良い代償と悪い代償の両方が含まれていました。今回は純粋に行動面に焦点を当てて考えてみたいと思います。

伝統的な考え方では、代償は悪いものだけを指し示すことが多いです。たとえば、補助具を使うことも記事中では代償とされていましたが、従来の見方では、依存性がある場合にのみ代償と呼ばれます。そのため、代償に対する見方が異なるのは不思議ではありません。

代償とは、異なる方法を用いて目標を達成することです。もしその方法が楽に感じられる場合でも、依存性が生じれば危険になります。良い悪いの判断はなく、目的次第だと考えられます。たとえば、遠くに行く必要がある場合、補助具を使わず正しい歩き方にこだわって歩くと、目標を達成できないこともあります。また、胸筋を鍛えたいのに腕の筋肉ばかり鍛えてしまうのも、代償の結果の一例です。

記事の中でも、代償には良い面と悪い面の両方があると述べられていました。私の場合、素早く行動する必要があるときには補助具を使います。必ずしも「こうしなければならない」とは思わないのです。

次に、よく見られる代償の例についてお話しします。中風(脳卒中)の患者に最もよく見られる代償の一つは歩行です。先生が指導する歩行法は、主に体幹と股関節を使った歩き方ですが、これには時間をかけて練習する必要があり、感覚をつかむのも難しいものです。これに対して、足の力を使った歩行は、比較的簡単で分かりやすい方法です。しかし、股関節を使った歩行を貫くのは簡単ではなく、そのため多くの人はふくらはぎの筋肉が過度に発達してしまい、結果的に足の力で歩くようになります。

このように、目的次第で代償は目標達成の手段になり得ます。たとえば、「超スロージョギング」と呼ばれる方法では30分以上走れることが売りですが、私の場合、500メートルだけ走れれば十分だとします。この状況で超スロージョギングにこだわるべきかどうかは、検討が必要です。

代償は比較的楽であるため、選択肢として取り上げられることが多いです。ただし、重要なのは、それが通常の訓練に悪影響を及ぼさないことです。

代償の原因を理解することで、それを選択するべきかどうかがより明確になります。

自分で

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サ―クル内代償の文章を發表されました,目的によって結果も異い,私は私の考え方ここで述べます。

記事中の代償は行為だけ討論しました,いい代償と惡い代償を分類しました。けど伝統的な代償は惡い代償だけです,これは二つの差別です,だけと二つは代償の認識は違いです。たどえば記事中補助裝置を使用することは代償です,もし依頼性があったら,惡い代償になります。代償普段は楽です,だけと正確の方法を代りやすいです,でもそれは危険です,目的によって代償を選択かどうか決めます。例えば遠くまで行くこと,輔助裝置を使ったら,楽しいです,もし輔助裝置を使なくて行ったら,辛勞です,目的を達成しない可能性もあると思います。

次はよく見ている代償を談じます,それは歩いです,腦卒中の人はよく遭う事です。先生はよくコアと股関節を利用しで歩くのを教えます,でもそれは時間がかかる,そして理解しにくいです,理解しやすいのは足を利用しで歩く事です,そしているいるな人は足を利用しで歩います。代償は使いかどうかは目的によって決めます,例えば私は五百米だけ遠くまでのことヘ行きます,その時代償を使うのはかまいませんと思います。代償は楽です,だけとよく選択肢の一つです,普段の復健を影響しないほうがいいです。

代償の原因を理解したら,次は代償を使いかどうか決めゃすいです。

2024年10月26日 星期六

復健日誌-湯匙理論

 

復健日誌-湯匙理論

前幾天看到一個湯匙理論,覺得跟我情況蠻像的,把他分享出來,你也可以參考看看。

2024年10月5日 星期六

復健日誌-物理思考和職能思考

 復健日誌-物理思維和職能思維


物理思維和職能思維就我的認知是物理思維比較偏向以自己的力量克服環境,職能思維則是想辦法達成目標。

2024年7月27日 星期六

2024年6月15日 星期六

復健日誌-復健之路

 

「我們唯一能做的,是準備好自己,等待老天爺給我們機會。」這是我的游泳教練去橫渡時因為天氣不好說的一句話

2024年3月10日 星期日

復健日誌-快不是快

有時候快不是快,俗話說揠苗助長,就是這個意思,這真實發生在我身上。

前一陣子,我的腳受傷了,復健也停了一陣子,就是因為求復健快,所以超出了負荷還繼續做,受傷了反而還停了幾次復健,這個就是快不是快最好的例子,有時候求快,反而更慢了,我能體會要趕快好的心情,因為我也是病人啊,但是有時候求快,副作用發生了反而更慢,也是快不起來,生活中也是,很快做好有時候是很快犯錯,所以並不是求快就一定會比較快。

前一陣子有討論,一直走就會好了這個話題,討論中有提到,一直走也有可能一直用錯誤的姿勢,反而會學到錯誤的,因為大量錯誤的姿勢也可能會學起來。所以學習正確的姿勢比快來的重要,所以説有時候表面上的快不一定是快,有可能是代償,也有可能是錯誤的姿勢。話說回來,有時候也是需要快的,例如過馬路的時候,這個時候就不強求一定要正確的姿勢,端看那個時候需要什麼。但是這邊強調一點,表面上看起來快不一定是真的快,下次不用一昧的要求快,姿勢對了,久而久之就會變快了。


不要一味的講求快喔,記住,快有時候不是真的快。

日文版

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ChatGPT:

時折、速さが良いとは限らないことがあります。俗語には「苗を引っこ抜くと成長が妨げられる」とあり、これが私の身に実際に起こりました。

先日、足を怪我してしまい、リハビリもしばらく中断しました。急いで快復したくて負荷をかけすぎてしまい、逆に怪我が悪化し、何度かリハビリを休むことになりました。これが「速さが良いとは限らない」の最も良い例です。時には急ぐ気持ちも理解できます。私も病気なので、しかし、時には急ぐことで逆に遅れが生じることもあります。生活でも同様で、急いで終わらせることが速いとは限りません。時には急いでミスを犯すこともあるため、速さを求めることが必ずしも良いとは言えません。

最近、一直に進めば良くなるという話題があり、議論の中で「ただ歩いていれば良くなる」という意見もありました。しかし、一直に進んでも正確な姿勢を守らないと、逆に誤った姿勢を身につけてしまう可能性があります。ですから、正しい姿勢を学ぶことが速さよりも重要です。だからこそ、時には表面上の速さが実際には代償であることもあります。時には急がなければならない状況もありますが、例えば道路を渡る際は必ずしも正確な姿勢を求めなくても良く、その瞬間に必要なことを見極めることが大切です。しかし、ここで強調したいのは、表面上の速さが必ずしも本当の速さでないことです。次回からはただ一方的に速さを求めず、姿勢を整えることで、長期的には速さが身につくことを覚えておいてください。

一方的に速さを追求しないでください。覚えておいてください、速さは時には本当の速さではありません。

自分で:

ある時速さは早いわけじやないです。俗語には「苗を引っこ抜くと成長が妨げられる」とあり、これが私の身に実際に起こりました。

先日足が怪我しました。リハビリも停止しました。速さを追求して早く治ます。でも予想の以外,私は長い時間休養は需要です。それは一の速さは速さじやない例です。私はできる限り早く治るの気持ちが理解できます,私も病気の人間です。でも速さを追求するだけて,もし副作用を起したら,もと予想以外のことも起します,その時は速さか早いではありません。

先日ずっと歩くものを檢討します。檢討中ある考えことを話しました,それはもしずっと歩きましたら,違う方法も用いでいたかもしれません。ある時は正しい姿勢を學ぶのはもっと重要です。速さを表す原因は違う姿勢を用うかもしれません。でもある時は速さを需要です。例えば道を通すことです。需要なら,一時の違う姿勢はできます。姿勢か正しいなら,長い時間を通したら,自然に速さをあります。

一方に速さを追求しないでくたさい,速さほんとんの速さわけじないです。

2023年11月16日 星期四

復健日誌-你不是在復健,而是讓生活更好

 

你不是在復健,而是讓生活更好,我在群組看到這段話,覺得很有道理,決定要寫一篇。

2023年9月15日 星期五